お隣さんに恵まれる方法 プラス? マイナス? ゼロ? 【2014年2月号掲載】

お隣さんに恵まれる方法 

プラス? マイナス? ゼロ?

 

先月号のコラムで私は家造りを考えている読者の皆さんに、計画に先立って『想像すること』をお勧めしました。読者の一部の方は想像することを始めたばかりで、まだ頭の中の整理がついていない方もいるでしょう。その一方で悩み続けていたタイミングで『想像すること』の力を借り、家造りの輪郭を掴むきっかけになった方もいるのではないでしょうか。そこで今回のコラムではその想像が完成形になる前に施主さんが必ず知っておくべき、一つの小さなルールについてお話ししようと思います。

 

一般的には聞き慣れない話題かも知れませんが、当事者間の利害関係がどのように衝突するのかに従って、ゲームもしくは取り引きのパターンを区分する分類方法があります。それはゼロ・サムプラス・サム、マイナス・サムです。(サムとは『合計』という意味)

 

ゼロ・サム(Zero sum)は、当事者間の利害得失の合計がゼロになる場合です。誰かが利益を得た時、その反面で他の誰かはそれだけの損失をこうむるので合計はいつもゼロとなります。不幸な事に、私たちが生きているこの世の中の殆どすべての取り引きはゼロ・サムのパターンに属します。

プラス・サム(Plus sum)とは、当事者間の利害得失の合計が結果的にプラス(利益)となる場合です。プラス・サムでは、誰かの利益が必ず他の誰かの損失につながる訳ではありません。相手と協力する事でお互いの利益がより増加する可能性があるので、それぞれの利益を考えながらも同時に助け合う事が大切なポイントになります。いわゆる『ウィンウィン・ゲーム』が、この類です。

最後にマイナス・サム(Minus sum)です。当事者間の利害得失の合計が結果的にマイナス(損失)となる場合を言います。お互いに自らの利益だけを追いかけ結局双方が損をする、『勝者は存在せず敗者だけが存在する』不毛な戦いです。このようなパターンはできるだけ避けて通るのが常識です。

 

この三つのパターンの違いをきちんと理解した状態で、自分自身に質問を投げ掛けてみて下さい。

「もし自分のこれからの一生の間に起こる全ての出来事に対して、その関係のパターンを選択する権利があるならば、自分はどのパターンを選択するべきか?」

 

賢明なあなたのチョイスは百パーセント、プラス・サムのはずです。それだけが、絶対に損失を出さない、弱者や敗者にならない方法なのです。私がお話したかった小さなルールというのが、これなんです。あなたが思い浮かべる暮らしの風景、そしてその暮らしを包み込む『器』を創り上げていく設計という作業の過程で、絶対に抜け落ちてはいけない大切なルールが『プラス・サム』なのです。

 

プラス・サムのルールで、というと難しく聞こえるかも知れませんが、心配する必要はありません。実践する方法はとても簡単なんです。あなたの頭の中で今まで繰り広げられて来た想像の舞台では『自分の家族』だけが登場人物で主人公だったのを、これからは登場人物の中に『お隣さん』を追加するだけで良いのです。

 

「どんな近所付き合いをすれば、仲良くなれるかな?」

「自分たちがしたいことって、当然お隣さんもしたいことだよね?」

「自分たちがされたくないことって、お隣さんたちもされたくないことでしょ?」

こんな事を想像しながら設計を進めれば、あなたはプラス・サムのルールを守って、お隣さんとの良い関係を維持した幸せな家造りに成功するはずです。

 

新しく造成された一戸建ての住宅地を通りかかると『ゼロ・サム』のルールで設計された建物を沢山見かけます。自分の家だけがポツンと一軒家のように建っている状態だけを考えて設計した住宅は、隣の家が建てられた瞬間にその長所の殆どを失ってしまいます。近所から悪口を言われる覚悟で建てたかの様にそびえ立ち、違和感を醸し出している家も沢山あります。皆がその瞬間だけの満足感に目を奪われ、自分のことだけ考えて家を建てているんです。

そして結局『マイナス・サム』の悪循環に陥って、お互いの家を「見るだけで吐き気がする」となじり合いギスギスした関係を続けるしかない家々を眺めていると、とても悲しくなってきます。誰かに勝とうとした訳でも、お隣さんに被害を与えようとした訳でもなかったのに。もしかしたらそれらの家の持ち主たちは、自分がマイナス・サムの世界に生きているという事さえ知らないのかもしれない。そんな人たちに『一戸建てでの暮らし』について訊ねたら、多分こんな返事が返って来るんじゃないかと思います。

「一戸建てで幸せに暮らしたいなら、お隣さんに恵まれないとね」

この言葉の半分は正しく、半分は間違っています。自然発生的にお隣さんに恵まれる確率なんて殆ど有りません。幸せな家造りの為には、お隣さんに恵まれなければならないのではなく、お隣さんと『恵まれた関係』を作り上げなきゃならないんです。その為には自分が先ず『恵まれたお隣さん』になろうと心に決めて行動しなきゃいけないんです。

 

以前、郊外のある住宅地で同時に四棟の住宅を設計したことがありました。一年後その時の施主さんの中の一人の紹介で、隣接している二つの敷地の建物の設計を再び引き受ける事になったんです。新しい施主さんとの打ち合わせを終えて、以前の施主さんのお宅を挨拶がてら訪問した時の事でした。

 

「先生、お隣さんはどうやって建てたいって言ってます? あっちの建物に塞がれてせっかくの景色が見られなくなるんじゃないかと心配になっちゃって」

施主さんたちの悩みの種は、いつでもどこでも同じなんです。

「あれ? 憶えてませんか? このお宅を設計する時に説明したじゃないですか。

今後あの敷地に家が建つ場合、道路側に最大限に寄せてもこの位置まで。だからお宅をこうやって配置すれば未来永劫お互いに心配する必要ないって、そこまで考えて決めたじゃないですか」

「あれ? そうだっけ? じゃあ、もう心配しなくてもいいんだ? ハハハ」

 

あなたに訊ねましょう。

あなたはこれからどのパターンで暮らしたいのですか?

プラス? マイナス? ゼロ?