隣人と共存する生活の為の幾つかの方法【2014年11月号掲載】

最近メディアでは、隣人と共存しようとする家造りの新しい動きを積極的に報道しています。数日前には「とある団体が協同組合を結成し、古い戸建て住宅を購入してシェアハウスとして運営する」というニュースも耳にしました。私はこの話を聞き、心から応援する気持ちと同時に少し心配になりました。それは、もしかしたら既存の戸建て住宅という『器』が、夢を実現にあたって障害物になったり、制限となったりする、まるでサイズの合わない服の様に感じられはしないかという憂慮でした。「新しい酒は新しい革袋に盛れ」と言います。今まで私たちを支配してきた暮らし方から脱皮して隣人と共存して暮らしたいのならば、もう少し「新しい家造りの方法」についても検討してみる必要があるのではないでしょうか。そこで少しでも参考になればという気持ちで「コーポラティブ・ハウス(cooperative house)」と「コレクティブ・ハウス(collective house)」という隣人と共存する暮らし方について紹介しようと思います。

 

コーポラティブ・ハウスとは、一言でいうと協同組合住宅です。施主さんたちが共同で組合を結成し、建設予定地の取得や設計の段階から自分たちで決めながら、共同で造り上げていく住居のことを指します。北ヨーロッパや北米地域では比較的広く普及していて、ノルウェーでは全国の住宅の15パーセント、首都のオスロでは住宅の40パーセント、450万人の人口がこのコーポラティブ・ハウス形式で建てられた住居に住んでいると言います。またドイツでは650万戸の住宅に1500万人の人口がコーポラティブ・ハウスに住んでいて、その比率は住宅全体の17パーセント、マンションのような共同住宅の30パーセントを占めています。日本でも大都市圏を中心にコーポラティブ・ハウスとして建てられた住居が以前から存在していました。日本の場合では住宅を建てる土地を購入せずに土地の所有者と30年から50年程度の長期の土地賃貸契約を結ぶことで必要な初期費用を最少化しようとする『つくば方式』という形態が一般的です。コーポラティブ・ハウスを選択した多くの人たちはお互いに顔見知りの間柄なので、お互い理解して信じて見守る、無理強いしないコミュニティーを作る事が出来るというのが最も大きなメリットに挙げられます。

 

コーポラティブ・ハウスは、実際に入居する人たちが直接集まり、協議を通じて全ての段階を進行させます。入居前から隣人同士の連帯関係が形成され、様々な年齢層が自然と交流を深めていきます。全体的な計画の枠の中で、本人と家族が目指しているライフスタイルを反映した家を設計することも出来ます。戸建て住宅という形で建てる場合、工法や資材の選択において共通の仕様が多くなれば『団体割引』で建築費を抑えられる可能性も高くなります。また協同組合が発注者となるプロジェクトなので、業者のマージン、分譲広告などの経費などが抜け、一般的な分譲住宅よりは価格が安くなる可能性も多分にあります。

しかしコーポラティブ・ハウスの場合は、組合員の募集から入居まで平均して二年ほどの時間が掛かります。段階ごとに協議を重ねて結論を導き出すまで、たゆまない努力と時間を投資しなければなりません。初期の段階からお互いにどれだけ良好な関係を作り上げる事が出来るか、それが成功のカギだと言えるでしょう。

 

コーポラティブ・ハウスが「家造りの方法」と言えるとしたら、コレクティブ・ハウス(collective house)とは「新しい家の構成と暮らしの方法論」だと言えるんじゃないかと思います。この二つのコンセプトはお互いに相反するものではなく、並立する事が出来るコンセプトです。つまり「コーポラティブ方式で建てたコレクティブ・ハウス」という暮らし方も成り立ちうるという事です。

 

コレクティブ・ハウスのコンセプトは次の様なものです。個人や家族の為のプライベートな空間(ベッドルーム・バスルーム・トイレ・ミニ・キッチン等)どは各世帯の「専用スペース部分」に別途に存在するけれど、リビングやキッチン、ダイニング、洗濯室、そして子供たちの遊び部屋や託児室等は「共用スペース部分」にするといった方式です。血縁関係の無い人たちが一緒に暮らすという面では、コレクティブ・ハウスとシェアハウスは似たようなコンセプトだとも言えるでしょう。しかし「隣人たちと一緒に一つの建物の中で共同生活をしよう」と既存の建物を活用したのがシェアハウスの始まりだったとすれば、「隣人と一緒に暮らす為には家の形や構成がどうあるべきか」を最初からもう一度悩んで考案されたのが、即ちコレクティブ・ハウスなのです。

コレクティブ・ハウスはスウェーデンで始まり、若い共働きの夫婦と独り暮らしの老齢人口が増加していくという流れの中で、様々な年齢層で構成された入居者たちがお互いに役割を分担し、時間的、金銭的な負担を軽減させながら共同生活を営んでいます。食材の購入や食事の準備、後かたづけは勿論の事、家の管理と修理、育児、病人への看病まで「お互いに助け合う隣人としての相互補完的な役割と関係」を創り上げていくんです。小さな子供を育てている共働きの夫婦は、同居しているお年寄りたちに育児を任せる事が出来るので、突然の残業にも動揺する必要がなくなります。お年寄りの方たちは、病気の時や力仕事をしなければならない時に、若い世代の手助けを受ける事が出来るので心配の種が減ります。このような暮らし方は見方によれば、お互いに『自分の技能や能力を無償で寄付する事』を生活の一部とする暮らしだとも言えます。コレクティブ・ハウスでの生活が安定的に維持される為に最も大切なのは、全ての構成員たちの平等な関係と公平な参加だと言えます。手に入れられるメリットに眼がくらんで『ただ乗り』をしようとする構成員がいると、この暮らし方はおのずから崩れ去るしかありません。ですからコレクティブ・ハウスが成功する為には、構成員各自のレベルの高い自覚が何よりも求められると言えるでしょう。

 

人類の歴史が始まって以来、私たちは着るもの、食べるものについての悩み事と一緒に『住む場所の問題』即ち、どこでどうやって生きればよいのか、どうすれば幸せに、上手に生きられるのかという悩み事を抱えて生きて来ました。しかしこの『永遠の宿題』の答えは、一つと決まっている訳じゃありません。社会制度とシステム、インフラや政治、教育などの数多くの要素が、お互いに影響を与え影響を受けながら、その折々に変化を続けるのです。私たちはそんな現実の中から、我慢強く新しい正解を探し続けなければならないのです。

 

「私たちは建物を創り出し、その次には建物が私たちを創っていく」

Sir Winston Leonard Spencer Churchill, 1874-1965