Style or Stylish? 【2014年5月号掲載】

副題:空間に対する自分だけの感覚を探して…

 

先月のコラムでも言及しましたが、戸建て住宅の殆どは注文制作(オーダーメイド)であって既製品(レディメイド)ではありません。世界にたった一人しかいないあなたとあなたの家族の好み通りに家を建てると、その家もやはり世界にたった一つしかない特徴や性格を持つことになります。ところが色んな施主さんたちと会話をしてみると、こんな思いが頭に浮かんで来ます。

「この人たちは本人も知らないうちに、今まで見て来た既製品を絶対的なモノサシだと信じ込んでしまってから苦悩と想像を繰り返してるんじゃないだろうか?」

いつも見ていたもの、慣れ親しんだもの、流行しているものに目を奪われて、結局はまってしまう落とし穴。間違って積み重ねられた経験が、むしろ家造りを控えた施主さんの足を引っ張っているんです。

 

マンションの一つの階を切り取って地面の上に置いたからと, 住みやすい戸建て住宅になる訳ではありません。マンションは元から建築物の形態が四角形になるように設計されています。単純化された二、三の外壁の側にだけ窓を設置するので開放感が少なく風通しや換気、日照の条件に置いては全てが不利な形なんです。それじゃあ何故、こういう短所を克服した集合住宅を造らないのか? それは集合住宅の建築においては、ビジネスのロジックが最も重要視されるからです。

建設会社が建築費を減らそうとして外壁の面積を最小化できる形を探すと、一番目の答えが円形で、その次が正方形です。でも、円形は建築物の外形を造る費用がかさむのでアウト、結局正方形だけが残るんです。

反対に高級マンションになればなる程、室内の壁は増えて平面計画は複雑になります。高級な仕上げ材を張り付けられる壁が沢山有れば有る程『高そうに見える家』を造り易く、分譲価格を引き上げる事が出来るからです。結局、こういうビジネスのロジックだけで埋め尽くされた集合住宅の分譲マーケットでは、人々は落とし穴にはまっている事にも気付かないまま見慣れたものを『良いもの』と感じて購入することになるんです。

 

建物の配置や庭造りに関しても同様の事が言えます。韓国の人たちは真四角な庭を並外れて好みます。建物をアルファベットの「I」や「L」字の形にして敷地の片方の端に寄せて配置して、四角い庭を造って芝を植える。そんな姿を見ているとハリウッド映画の影響力は凄いんだなと思います。『映画の主人公が住んでいた家』がいつの間にか『自分が住んでみたい家』の典型的なイメージとなってしまったのです。しかし、こういう建物と庭の配置はアメリカの住宅業者たちが郊外の住宅地を大きな規模で開発しながら、簡単に分譲できる家を造ろうと開発したパターンに過ぎないんです。ここから始まった『四角くて広い庭と青い芝、そして絵に描いたような家』に対する幻想は、韓国の戸建て住宅やタウンハウスで今でも繰り返されています。

 

笑えない状況は他にもあります。郊外の住宅地やタウンハウス等では、傾斜した地形に階段式の配置でそれぞれの敷地が造成されている所が多くあります。前面の道路と接している場所には地下の駐車スペース用にコンクリートのボックスがあり、その横には門扉から玄関までの長い階段が続いています。その家の住人は仕方なく毎日、二十段から三十段の階段を往復することになります。重い荷物を持っている時やお酒を飲んで帰った日にはしんどくて玄関まで辿り着くことが出来ず、途中で座り込んでしまったりする程です。韓国ドラマのお金持ちの邸宅でよく見かけるこんな動線計画は、一般家庭の間でも『金持ちそうに見える家』の公式のように使われています。

 

こんな風に私たちの暮らしの中で作られ、信じてしまっている『間違って積み重ねられた経験値』は驚く程に多いんです。とある施主さんが真剣な表情で私に質問をして来ました。

「家は流行に合わせて無難に建てた方が、簡単に売れるって言いますよね?」

これと言って嫌ではないけれど、特に惹かれるところも無い家が簡単に売れるのか? その答えは、残念ながら『いいえ』です。一人しかいない買い手の前に十棟の無難な住宅が存在するとしたら? そんな状況では、家を売りたいあなたの手に残されている武器は価格競争力だけです。家を売る為には売値をディスカウントしなければならないというのは、戦いにおいて自ら弱者に転落する一本道なんです。

 

それじゃあ反対に、あなたが望む通りの家を建てたらどうなるでしょうか? 先ず本人たちのライフスタイルに合わせて建てたのだから、暮らしている間の満足度はよっぽど高いでしょう。それに仕方なく家を売る状況になっても、先程の場合とは正反対の状況が繰り広げられます。

あなたの家は、比較する対象さえも無い『たった一つの家』なんです。その建物に充分な魅力を感じた買い手は『これは後悔しない選択だろうか?』という一点に関しての判断だけを下せばいいんです。訪れるかも知れないその日の為に不便さや不満まで受け容れて、無難な家を建てる必要なんて無いんです。それは五百年後に起こるかもしれない隕石の地球衝突を心配しながら地下シェルターで生活しているのと同じ位、愚かな判断ではないでしょうか。

 

『スタイル(Style)』という名詞と、そこから派生した『スタイリッシュ(Stylish)』という形容詞は、大抵の人なら皆が知っている簡単な単語です。しかし『スタイルがある家』と『スタイリッシュな家』が意味するところは厳然として違います。前者はその人の個性を表している、あるいはその人特有の一定の様式を持った家という意味であり、後者は流行に見合った格好いい家を指しているものです。そこで私はあなたに問いたいのです。あなたが今まで夢見て来たのは、もしかしたらスタイリッシュな家だったのではないでしょうか?

 

もしもあなたが本当に『スタイルがある家』を望んでいるなら、いつも見ていたもの、慣れ親しんだもの、流行しているものたちに背を向けなければなりません。みんなの為になる様で、実は誰の為にもならない経験値の世界から抜け出さなければならないんです。蚕が食べた栄養分を消化して絹糸を吐き出しながら繭を完成させる様に、あなただけの経験値を積み上げて、あなただけの世界を創らなければなりません。これは始めさえすれば、とっても簡単で楽しい作業なんです。自分だけの感覚をちゃんと信じ、その感覚を憶え込む訓練をしてみようじゃないですか。

戸建ての友人宅に遊びに行くのも手ですし、プーケットやバリ島に旅行してプール・ビラに泊まって見るのも良い方法です。古民家を訪ねて、軒下の縁側に座っているだけでもいいんです。オートバイに乗って太陽の光と土のニオイを思いっ切り感じてみるのもいいんじゃないでしょうか。

戸建ての住宅での暮らしを夢見るあなたには、素敵な時間と新しい空間に対する体験が大切なんです。ただ自分自身の感覚だけを信じ、感じて、憶え込む。そんな経験を繰り返していれば、あなただけのスタイルが見え始めてくるはずです。