隠された真実を探す道程 【2014年3月号掲載】

ある日、施主さんと一緒に黄土大理石(黄土石の俗称:薄く板状に加工して床材等に使用)を取り扱っている業者を訪問した時のことです。その会社の社長が、

「黄土大理石の吸湿性をお見せしましょう」

と言って、サンプルの黄土石に噴霧器で水を吹き付けました。水滴は当然のことのようにサンプルの黄土石に染み込んでいきました。すると今度は、

「黄土大理石だけから遠赤外線が放出されるんです」

と言いながら横に置いてあったヒスイ(翡翠)の塊りと一緒に電子レンジに入れて、同じ時間だけ加熱しました。その瞬間、私は思ったんです。

(こうやって間違った常識が作り上げられていくんだ…)

 

このパフォーマンスの結果は目に見えています。ヒスイの温度はそのままだけれども、黄土大理石は温められる。このトリックの種は、水分の含有量と加熱方法に隠されています。電子レンジという装置は、その物体に含まれている水分自体の分子の活動を促進させて加熱する調理器具です。だから乾燥した状態の結晶体であるヒスイは加熱されるはずが無くて、噴霧器で水分を含ませた黄土大理石は当然加熱されます。この実験は遠赤外線の放出量とは何の関係も無い、ねつ造されたパフォーマンスに過ぎないんです。

 

このエピソードのように建築業界でも、ねじ曲げられねつ造されたストーリーが、まるで常識のように伝播されているケースが存在しています。その代表的な例が『実験用のマウスを通じて確認されたコンクリートが人体に与える悪影響』というストーリーではないでしょうか? その内容はこうです。

 

『1987年静岡大学で、木と鉄、コンクリートで作られた三つの箱に実験用のマウスをそれぞれ入れて飼育実験をしたところ、生後すぐのマウスたちの生存率は木製の箱の場合は約85%、鉄製の箱では約41%、コンクリートの箱では約7%でした』

そして殆どの場合次のような内容が続きます。

『コンクリート造の住宅がどれだけ身体によくないのかっていう事です。家を建てるなら、やっぱり木造住宅が最高なんですよ』

何故こんな風に断言できるのかと言うと、日本で見て来た大勢の木造住宅関連の業者さんたちが何度もこの話を繰り返して来たからです。彼らは今も新規の顧客を前に白々しいシナリオを繰り返しているんです。 

 

しかし、真実に少しでも近付いてみましょう。実際に行われた実験の目的とその全体像は殆ど知られもしないまま、その一部分だけが抜粋されて広く知られていますが、生存率についての真実はこうです。

広く知られている結果は『平均気温25℃』という条件で実施された実験だけのもので、『平均気温20℃』という条件下では、殆ど全ての生後すぐのマウスたちは死んでしまいました。『平均気温30℃』という条件下では、殆ど全ての生後すぐのマウスは生き残りました。また箱の材質の違いによる発育状態の『意味のある差』は見つけられませんでした。この実験を行った研究者が下した結論は次の通りです。

「動物の体と材質との接触面での熱損失の差が動物の熱代謝に大きな影響を及ぼしたものと思われる」

この実験に関した論文全体を日本語の原本で読んでみましたが、そこにはコンクリートの『毒性』だとか『有害性』といった単語は、ただの一回も出て来ません。ただ、この実験の資金提供者は静岡県の木材協同組合連合会でした。彼らにとっては実験全体の結果よりも『木材85%、鉄41%、コンクリート7%』という生存率の差だけが重要だったのでしょうか?

 

そんな企て、あるいは情報操作をもとにして書かれた本が、韓国語に翻訳されて出版された『コンクリートの逆襲(原題:コンクリート住宅は9年早死にする)』という本です。著者の船瀬俊介氏が提示している解決策は、あまりにもあっけなく簡単明瞭です。この著者はインテリアの仕上げを木材のような環境にやさしい資材に変更し、露出したコンクリートが人体に直接触れないよう簡単な処置をする事だけでも、コンクリートの短所の大部分を克服することが出来ると言います。

でも、考えてみて下さい。世の中に存在する数多くのコンクリート造の住宅の中で人体にコンクリートが直接触れる部分が何パーセント有るというのでしょうか? 住んでいる人たちがコンクリートの構造体に直接寝転がって睡眠をとり、直接座りこんで食事を摂るというのでしょうか? このような根本的な論理の矛盾さえも考慮せず『多数のマウスが生き残った木材は善で、多数が死んだコンクリートは悪』といった善悪の二元論が、まるで常識みたいに再生産されているのです。

 

熱反射断熱材(熱反射遮熱材の韓国での俗称)についてのストーリーも似たようなものです。熱反射遮熱材を製造・販売する人たちは、酷い場合こんな説明をして販促活動をしています。 

「住宅に加えられる熱負荷の中の輻射熱が70%なんだから、これを防ぐことが出来なければ断熱が30%しかされていないのと同じなんです」

住宅の屋根と外壁に加えられる熱負荷の中で、輻射熱が相当量を占めているのは事実です。しかし『体積断熱材(EPS・XPS・グラスウール等)では、その輻射熱を全く防ぐことが出来ない』と言うのは事実ではありません。断熱材の外面に到達した輻射熱が結局は伝導熱に変換されるので、厳密にいえば体積断熱材は輻射、対流、伝導の全ての熱に対して効果があります。

私は熱反射遮熱材の存在自体を否定するわけではありません。上記のように、住宅に加えられる熱負荷の70%が輻射熱で、きちんと施工され熱反射遮熱材の反射率が50%だとすれば、それは住宅が負わなければならない熱負荷全体の35%を減らしてくれる効果があるとも言えます。しかし熱反射遮熱材が体積断熱材の代わりになる、魔法の杖では絶対にないと言いたいのです。

 

今この瞬間も数多くの施主さん予備軍の方たちが書籍やSNS、ブログなどを通じて情報を集めようと必死になっています。しかし、そのあふれている情報が本当に真実なのか、ねつ造されたフェイクニュースなのか、誰も教えてはくれません。その上、自分自身がねつ造された情報の一次被害者であることさえも知らないまま第三者にその情報を再発信しているのが、私たちが直面している現実です。ならば私たちは、なす術も無くいつまでも被害者でなければならないのでしょうか? 真実を照らし、私たちが進むべき方向を示してくれる灯台みたいな原則、もしくは噓発見器みたいに嘘をはじき出す事ができる指針みたいなものは無いのでしょうか?

私はあなたに言いたいんです。世の中に溢れている数多くの情報の中から価値のある情報を見分ける為には、先ずは自分自身で真偽のほどを分析してみようという努力だけでも始めなければならないんです。親鳥が運んできたエサをただ飲み込んでいるだけでは、事態は何も変わりません。今、私はあなたに訊ねたいのです。

「あなたがこれまで信じて来た常識は、果たして『真実』でしょうか?」